2013年08月24日

息子と地元市民プールに!2013 ところで「マタイ」の由来って?

会社が定休日だった今週水曜の8/21。(*1)

友だちの家に泊まりで遊びに行っていた息子が,一緒にプールに行こうと言い出しまして。
息子と友だち,そして私の3人で地元市民プールに行ってきました。

向かった先は,夏の定番「マタイ」です。


原山市民プール

昨年は家族で遊びに行った,この市民プール。毎年の恒例です。
娘は中1となり,部活だ塾だで忙しくてスケジュールが合わず。
てか,もう一緒にプールにという気配がない(涙)
まだパパと一緒に行こうと言ってくれる息子,嬉しいものですね。

1つだけ持って行った大きめの浮き輪を,3人で乗っては落とし,乗っては落としでメインの流れるプールをグルグル回っていました(笑)
あとは25mプールで平泳ぎを教えたり,クイックターンの練習をしたり。

お盆も明けた平日ということもあって,プールはガラガラでした。
ほとんどが家族連れ,または小学生くらいのお友達同士。


ウォータースライダーもこの通り

原山市民プールは,大人420円。子供は半額の210円。
コインロッカーは50円です。
脱衣所の前で50円でメダルを買って,コインロッカーに鍵をかける仕組み。
駐輪場はありますが,駐車場はありません。

今年は9/1(日)までの営業になります。
今年はもう休みが合わないので,これが最後ですね。
ちと寂しい。

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ちなみに,プールに行くと「マタイなう」とつぶやくわけです。
どことなく南国ちっくな名前。
さて「マタイ」って何??

実は,以前プールの近くに日本マタイの埼玉工場があったのです。(*2)
昭和31年7月から昭和53年12月まで。私生まれてるやん!

そして昭和44年に,マタイランドというプールができました。
夏はプール,春と秋は釣り堀,冬はスケート場だったそうな。
その隣には,マタイボウルというボーリング場も併設されていました。
レジャー産業にも力を入れていたのですね。

そのボーリング場は昭和50年2月に閉鎖。
続く工場の移転に伴いプールも閉鎖というところを,市民の嘆願により浦和市(当時)がプールを買い取ったそうです。
それが現在の原山市民プールとなりました。

ちなみに原山市民プールのオープンは昭和54年7月となっています。
日本マタイの埼玉工場が閉鎖された昭和53年12月,その次の夏にオープンしたというわけですね。

ということで,当時を知る人は「マタイ」という旧称も知っていると。

以下,調べたソース!

日本マタイ株式会社 沿革
さいたま市 − 日本観光史
さいたま公園ナビ | 公益財団法人さいたま市公園緑地協会 | 原山市民プール

えーと実は,「マタイ」って私も知りませんでした。
何年か前に地元友人から教わり,それ以降使っているという(^^;

そしてどことなく南国ちっくな「マタイ」という名前ですが。
これも日本マタイの沿革にありました。
株式会社設立時は「日本麻袋」という名称ですね。

なので,「麻袋」=「マタイ」なのです。
実は思いっきり日本語(!)

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息子にはまだ早いですかね,こういった由来は。
でも,息子の記憶には毎年原山市民プールでパパと一緒に泳いだという記憶は残っていると思います。
その記憶を,息子の子供に語れるまで・・・

原山市民プールには,これからも残って欲しいです。はい。


*1 というか年に元旦と8月の年2日しかお休みがないので「休業日」ですね。
*2 プールの横に見える団地,現在の浦和パークハイツがある場所です。


■関連エントリ
家族で地元市民プールに!2012
夏休みに名栗川「ゆのた」で川遊び!
「天空の城 ラピュタ」を観終わって小学4年の息子と語り合ったこと
タグ:家族
posted by マキパパ at 22:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 家族のハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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